閑話休題(2)

指導担当の検事は、私と同い年であった。

彼は若くして司法試験に合格し、司法研修を経て、当時は人気のなかった検察官を目指した。
修習は金沢修習で、金沢の弁護士事務所の事務員の中で2番目に美しい(念のためこれは冗談である)という女性と結婚し、検察庁に入り、順調に出世し、出世コースの一つである修習生指導担当検事になったのである。
私から見ても有能で思いやりがあり今後とも出世確実という人物であった。

私は自分がまともな社会人、それも結構尊敬される社会人になったことについては純粋にうれしかったが、彼を見て、私は、もっと早く司法試験に合格していたら、出世コースにも乗れたかもしれないと思い知らされた。

とある神戸郊外の野球場で野球の試合があったさいであるが、免許はあるものの、酒のため運転はしていなかった私はとぼとぼ球場まで歩いていたときがある。すると後から車で来た指導担当検事に見つけられよう〇〇くん車に乗りなよと声をかけてもらった。
うれしかったが、もう同年輩の彼にはもはや及びもつかないのだと思いで悲しくなったのも事実である。

司法試験に合格したからと言って当然に、裁判官や検察官になれるわけではない。
裁判所ないし検察庁からお声がかかって、どうだうちにきてみないかという勧誘があるわけである。
年配の私には、お声はかからなかった。
ただひとつだけ、検察修習の時に、検察事務官からある時、なあ〇っ〇ー(当時のあだ名)、お前検察官にならないかと言われたことがあった。このとき彼も私と同年齢であったが、俺、〇っ〇ーの下でなら働いてもいいで。と声をかけてくれたのである。嬉しかったが、もはや私の年齢では出世は限られているという思いから申し出を断った。

連続飲酒が始まる前であったので、惜しげもなく断ったのであるが、今から思えが、身分保障のある公務員になっておくべきであったとも思う。
でも当時はまだ逆転のある弁護士に可能性をかけたのである。

それから何年たったであろう。私は弁護士としてもアル中という烙印を押されることになったのである。

もう弁護士としても成功の可能性はないに等しい。
でも弁護士以外に生きてゆくすべも知らない私にとっては、これにしがみついていくしかない。

このブログは、何年も続けていくつもりである。そうして少しでも楽に生きられるようになっていればと、今は祈るしかない。

第一回閑話休題はここにて終了。
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by kanta5988 | 2007-11-16 16:49 | 人生
スペルボーン(Spellborn)