2007年 11月 24日 ( 1 )

入学早々、講堂でレクチャーがあった。
その内容の一つに、滑り止めで入学してきた人もがっかりすることなく、これからが勝負だから勉学に励むようにというものがあった。
私は、私のようなものを拾ってくれた慶應であったから、感謝することはあれ、落胆することなどなかった。意気揚々だったような気がする。

問題はビールを多量に飲んで寝る習慣がすでに付いていたことである。

それに昔からの私のさぼり癖が重なった。
塾へは申し込んでもすぐに行かなっていたし、高校は病気でもないのにさばったのは1度だけであるが、いつも遅刻寸前で駆け込んでいた。あまりに時間がないときはタクシーに乗り、校門前まで乗り付け授業に行っていた。一度タクシー料金が10円足らなくなり、必死になって探していると運転手さんがもうええわ。と言ってくれたこともあった。以前話したようにクラブ活動はさぼって当たり前であった。

一人暮らしになるとだれの目を気にすることなく、さぼることができる。
そこで私は、夜明けまでビールを飲んで、昼過ぎに起き、日中はは何をすることもなくボーとして過ごす生活が大学1年生の夏休み頃には定着してしまった。

慶應には、夏季休暇の際、体育の特別授業があった。どれか自分の好きな科目から一科目を選択して、10日ほど学ぶのである。初年度は私は乗馬を選択したが、2、3日行ったのち、後はさぼってしまった。当然単位はもらえない。
この授業に関しては2年目は登山を選択した。内容は2泊3日で、日本で二番目に高い北岳に登るというものであった。
これは正解であった。いったん家を出てしまうとそのまま帰ることはできない。夜もビールを飲むことはできない。否が応でも単位が取れるのである。

1晩ロング缶3本で始まったビールであるが、徐々に増えていった。3本が4本に、4本が5本に、そして6本へとなったいったのである。ますます飲む時間は増え、その反動として、起きる時間はどんどん遅れていった。出席する授業もその影響でどんどん減っていった。

1年目の夏休み以降は、ほとんど授業に出なかったと思う。

授業に出なくなって問題だったのは、単位が取れないということだけではない。同じクラスの友人との付き合いがなくなっていったということである。
授業に出なくても、他の活動を行っていれば、それなりの付き合いというものができるであろう。しかし、私の友はビールと本である。
人との付き合いは急激に減っていった。
2年時になった時である。同じクラスの友人が私に久しぶりと声をかけてくれた。
しかし、私はその友人をもはや忘れていた。彼が奇妙な顔をして去って行ったことを今でも覚えている。
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スペルボーン(Spellborn)